街歩き 庭めぐり

<はじめに>

街歩きは、今や年齢に関わりなく、多くの人の楽しみとなっています。人それぞれの興味や趣味の違いによって、街の選び方、ルートの選定も多様多彩になるものです。

このブログでは、ガーデンデザイナーとしての私が、街歩きの中で見つけた、面白いもの、きれいなもの、不思議なもの、すごいもの等々をご紹介するとともに、東京に残る、江戸や明治・大正・昭和といった近代に造られた庭をめぐり、その魅力や歴史や見所を少しずつご紹介していきたいと思っています。

 

<神田川沿いの街 早稲田の街と庭園>

神田川沿いの街歩き

甘泉公園 江戸の大名庭園にさかのぼる歴史を持つ庭園

大隈庭園 明治期の特色を残す庭園

 

<神田川沿いの街 目白台の街と庭園>

神田川沿いの街歩き

新江戸川公園

芭蕉庵

<神田川沿いの街 関口台の街と庭園>

関口台町 

椿山荘庭園

<白金台の街と庭園>

池田山

池田山公園

白金台の裏道・小道

八芳園庭園

桑原坂界隈

シェラトン都ホテル東京の庭園

<消えた渋谷川と街と庭園>

新宿内藤町

新宿御苑

<お客様の街で見つけた風景>

2019年

8月

26日

<消えた渋谷川と街と庭園―27>

 

新宿御苑 ⑫

 

 

□ イギリス風景式庭園 (1)

 幻の宮殿予定地から西の方向を眺めると、平坦な芝生が広がり、それが遠くまでまったいらに続いています。芝生の両側には、芝生を縁取る木々が連なってつくる樹冠のラインが、視線を遥か彼方の樹林にまで延ばして、パースペクティブを強調するかのように続いています。

 

 ところどころに、樹冠のラインをこえている木々もあり、それらは樹高が20mから30mもある大木であることを考えますと、都会の真ん中にあってこの空間が、いかに雄大な広がりを持っているかということを改めて感じます。

 

 こうした景観を見せるこの場所は、単なる芝生広場ではなく、日本で初めて造られたイギリス風景式庭園といわれる庭園で、宮殿を挟んで前庭部分がフォーマルなフランス式整形式庭園、そして宮殿の反対側の主庭となるこの部分が、インフォーマルな風景式庭園となっていて、明治の宮廷庭園として造られた御苑では、ヨーロッパの庭園を代表する対照的な庭園様式が共存しているのです。

 

 御苑の風景式庭園の特徴と言われているのがビスタライン(見通し線)で、宮殿から見て、地表面の芝生のつくるラインと、樹冠がつくるラインが彼方に消点を結ぶ中心線です。御苑の西洋庭園は、前庭と主庭とが異なる様式で造られていますが、正門から整形式庭園の中央を通り、宮殿を貫いて風景式庭園の中をまっすぐに通るこのラインの存在が、全体を一つの庭園にまとめているように思われます。

 

 ビスタラインについては、苑内の解説板にも書かれていますが、ビスタラインの存在を考えれば、可能な限り平坦で真直ぐな長いラインを描くことができるのは、敷地形状と地形条件から見て、南東から北西にほぼ苑内を貫通するように延びる線上に正門、整形式庭園、宮殿、そして風景式庭園を配した現在の配置が、最適の選択であったことがよくわかります。

 

 これに対して、内藤家中屋敷時代に正門があった、北の甲州街道側に正門を設けた場合、既存の広い道路からすぐにアプローチできる利便性はありますが、直線のラインを引くと途中に渋谷川の浅い谷があり、また距離が短いために、平坦で長いビスタラインを設定することはできなかったと思われます。

 

 それらのことを考えますと、御苑の庭園計画において、最も重要とされたのは長く平坦なビスタラインの確保、ということであったのではないかとさえ思えるのです。なにしろその条件をクリアするためには、苑の東端の外苑西通りに面して正門を設ける必要があり、そのため苑外の道路まで新設しているのですから、第一の優先順位とされていたと考えても不思議はありません。

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園―26 新宿御苑 ⑪

2019年

8月

10日

<消えた渋谷川と街と庭園―26>

新宿御苑 ⑪

 

□ フランス式整形庭園 (5)

 整形式庭園の西の端、ゆるやかな斜面を上りきった所が、砂利敷きの広い空地になっています。どうやらこの場所が、幻の宮殿の建つ予定地だったように思われます。その空地に立って整形式庭園の全景を、写真に収めようと思いましたが、左右のプラタナスの並木は入りますが、肝心の真ん中のバラ園は手前のあたりしか見えず、アイレベルからの視線ではとうてい全景は捉えられませんでした。

 もともと整形式庭園は、庭園全体の幾何学的な構成美を眺めることのできる視点が不可欠で、ヨーロッパの庭園ではそれが宮殿や宏壮な屋敷のバルコニーになっていることが多いのですが、この庭園にはそうした視点場が欠けているために、庭園の全景を一望する場所は残念ながらありません。

 

 しかし、思いがけない場所から、全景というわけにはいきませんが、中央部のバラ園のあたりを、まるでバルコニーの高さのような視点で眺められる場所があるのです。それは御苑の外の正門前の、外苑西通りにかかる歩道橋の上から見る景色で、幻の宮殿の位置とは反対の対極にあるわけですが、正門とそこから延びるまっすぐなアプローチとその両側の刈り込み垣、バラ園を縁取る生垣、そしてシュロの寄せ植え、さらには奥のイギリス自然風景式庭園にそびえる木々までが望めるのです。

 上の二枚の写真は、その歩道橋から撮ったもので、左の写真は通常のレンズで、右の写真はズームで写した写真です。正門の前に左右に植えられたクスノキとモッコクが、大木となり庭園の左右はかなり隠れてはいますが、それでも一部とはいえ、バルコニーから眺めるような整形式庭園の景観の一端を感じさせてくれる景色ではないでしょうか。

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園―25 新宿御苑 ⑩

>>消えた渋谷川と街と庭園ー27 新宿御苑 ⑫

2019年

7月

25日

<消えた渋谷川と街と庭園―25>

新宿御苑 ⑩

 

□フランス式整形庭園 (4)

 整形式庭園の生垣の外側には、プラタナスの並木があります。並木は中央に馬車道が通り、その左右に設けられた遊歩道の両側に、それぞれ二列づつ立ち並んでいますので、左右を合わせると四列になります。さらに並木は、バラ園の南と北側に四列づつありますので、これらを合計すると八列という、数多くある東京の並木の中でも、他に類を見ない豪華な並木になっています。

 もちろん庭園の並木と、一般の道路の並木とでは同一視するわけにはいきませんが、それでもこの並木の美しさは群を抜いているというべきでしょう。それもこの並木そのものが、整形式庭園を構成する重要な要素なのですから、当然と言えるのかもしれません。

 

 整形式庭園の並木としては、全体の空間構成の見事さはもちろんですが、一本ごとの樹形が円錐形に仕立てられていることも見逃すことのできない点です。プラタナスは普通上部が丸く樹高の中ほどが膨らんだ卵型と言われる樹形になるように剪定されますが、この並木では、他にはほとんど例のない円錐形に剪定されています。

 

 そうした人工的な樹形そのものが、整形式庭園にふさわしい形を示しているのですが、それだけではなく、庭園の中心部のバラ園からの視線の先に、円錐形の樹形が連なる並木が見えていて、それが背景ともなり庭園の外周を区切って、その外の樹林とを遮断する役割を果たしていたのですから、その意味でもきわめて重要な存在であったのです。

 

 整形式庭園にとっては並木の樹形を維持し続けるという、そのことが百年もの間完成時の形を守ってきたことにもつながるのですから、整形式庭園における毎年の剪定という作業の大変さも、わずかとはいえ想像されるのです。

 

 それはともかく、並木道は華やかな花こそありませんが、四季折々の魅力が感じられる散歩道でもあります。プラタナスの春のみずみずしい若葉も美しいものですが、夏の強い日差しを遮っている木陰のベンチに休む時や、秋バラの終わった紅葉の時期も、ひっそりと静かなたたずまいを見せ、物思うような散策にふさわしい散歩道になります。ことに晩秋の落ち葉が散り始めたころの並木道は、ヨーロッパのどこかの街にいるかのような感覚を覚えます。

 

  そんな印象を私が持つのは、中学時代に見た映画『第三の男』(キャロル・リード監督 日本公開1953年)の強烈な印象を受けたラストシーンが、今でも脳裏に焼き付いているためかもしれません。舞台はオーストリアのウイーンの中央墓地の並木道、ハラハラと散る落ち葉の中を、ヒロインのアリダ・ヴァリが、彼女を待つジョセフ・コットンに目もくれずに歩き去る有名なシーンですが、その場面の並木道と御苑のこの並木道とが、私の頭の中でオーバーラップして刷り込まれてしまったようです。それ以来、この並木道を見るたびに『第三の男』のラストシーンを思い出すのですから、もう他のイメージは全く浮かばないほどです。

 

 私にとっての整形式庭園の並木道は、そんな昔の記憶につながる場所であり続けているようです。

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園―24 新宿御苑 ⑨

>>消えた渋谷川と街と庭園ー26 新宿御苑 ⑪

 

 

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