街歩き 庭めぐり

<はじめに>

街歩きは、今や年齢に関わりなく、多くの人の楽しみとなっています。人それぞれの興味や趣味の違いによって、街の選び方、ルートの選定も多様多彩になるものです。

このブログでは、ガーデンデザイナーとしての私が、街歩きの中で見つけた、面白いもの、きれいなもの、不思議なもの、すごいもの等々をご紹介するとともに、東京に残る、江戸や明治・大正・昭和といった近代に造られた庭をめぐり、その魅力や歴史や見所を少しずつご紹介していきたいと思っています。

 

<神田川沿いの街 早稲田の街と庭園>

神田川沿いの街歩き

甘泉公園 江戸の大名庭園にさかのぼる歴史を持つ庭園

大隈庭園 明治期の特色を残す庭園

 

<神田川沿いの街 目白台の街と庭園>

神田川沿いの街歩き

新江戸川公園

芭蕉庵

<神田川沿いの街 関口台の街と庭園>

関口台町 

椿山荘庭園

<白金台の街と庭園>

池田山

池田山公園

白金台の裏道・小道

八芳園庭園

桑原坂界隈

シェラトン都ホテル東京の庭園

<消えた渋谷川と街と庭園>

新宿内藤町

新宿御苑

<お客様の街で見つけた風景>

2019年

12月

19日

<消えた渋谷川と街と庭園―31>

新宿御苑 ⑯

 

□上の池・日本庭園 (1)

 

 「母と子の森」から薄暗い常緑樹の樹林をぬけて上の池・日本庭園に出ますと、いっきに視界が開けます。広々と広がる空間に、たっぷりとした水面が目の前に現れ、背景には常緑樹に混じった落葉樹の紅葉が色を添えています。

 

 池の中央には中島が浮かび、そこに南岸と北岸から二本の橋がかかり、ゆったりとした日本庭園の景観が展開しています。庭園を一望する位置は、北岸の小丘上に建てられた四阿と思われますが、そこから望む庭園の背景の樹林の上に巨大な高層ビルが威圧的な姿をみせています。こうした庭園景観をそこなうような高層建築は、東京の都心部にある庭園に共通する悩みですが、あきらめて視線を低くして見ないようにするしかありません。

 

 池を取り巻く樹林は、南岸の西寄りから西岸にかけて、水面にかぶさるような姿になっていますが、南岸の東寄りから東岸にかけてと、北岸の四阿の前は芝庭になっています。芝生の中にゆるやかな曲線を描いて池を巡る砂利敷きの園路や、点在するサツキの刈り込みは、玉藻池の芝庭と共通するデザインのようです。

 

 池の周りを時計回りに一巡りしてみます。池の東岸から先ほどの四阿のあたりを眺めますと、北岸は池のほとりから一段高くなっていて、渋谷川の浅い谷を池にしたことがよくわかります。

 四阿は芝生の斜面の上の小高い場所に位置していて、庭を眺める視点場であるとともに、また反対に眺められる添景ともなっています。その左側に見える小屋は、菊の展示用の菊花壇で、よしずと青竹でくみ上げられた花壇の上屋は、仮設ながらすっきりとした品格があり、さすがに皇室の菊づくりの伝統を受け継いだ作り様と感じられます。菊花壇がこうした庭園の中にあっても、庭園景観の中に溶け込んで、却って添景物として引き立てているのは、手間をかけてもきっちりとした上屋が作られているからだと思われます。

 

 ところで、ここからの眺めの中で池の護岸が新しくなっているのに気が付きました。護岸はせき板を丸太で止めた簡素な造りですが、昔の記憶ではたしか丸太の乱杭止になっていて、芝生が水面近くまで下りていたように思います。私の記憶違いかもしれませんが、水面と芝生とがすっぱりと区切られて、なにか護岸が目立ちすぎるように思われるのです。これも人が立ち入って池に滑り落ちることを防ぐ方策かもしれませんが、人工的な要素が強く出すぎていて、自然風の印象が損なわれているように感じるのです。 

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園―30 新宿御苑 ⑮

2019年

11月

30日

<消えた渋谷川と街と庭園―30>

新宿御苑 ⑮

 

□ 母と子の森

 ラクウショウの林に隣接して「母と子の森」と名づけられた場所があります。雑木林の中に池があり、小流れがあって、その流れに沿って土のまゝの小道が続く自然味のある空間です。御苑の中は様式は異なりますが、庭園として造られた場所が多いのですが、ここはどこか武蔵野の一隅の忘れられた谷戸の風景を思わせるような自然な景観になっています。

 

 「母と子の森」というだけに、親子が自然観察を楽しむ場所で、所どころにこの森に生息する昆虫や訪れる野鳥、そして草木の説明版が立っていて、子どもだけではなく大人にとっても教えられることの多い場所になっています。

 林の中にさほど大きくない池があり、水生植物が岸辺を縁取っている静かな水面には、青い空の色が映っていて、人影のない森は静寂に包まれています。秋が深まると、たくさんのどんぐりが落ちて、子どもたちのにぎやかな声が響くのかもしれません。

 

 池にかかる木の橋を渡ると、池に注ぐ小さな流れは、水量は少ないながら青々としたセキショウの根元を洗うように静かに流れています。その流れに沿って続く小道をたどると、石を組んだ流れの源と見える湧水が現れてきます。この辺りはやや庭園的な造りになっていて、水はおそらく井戸水ではないかと思われますが、水源の石組は別として全体にいかにも自然な流れになっています。

 

 この辺りは私の子供の頃には、たしか野外劇場があったように記憶していますが、いつの頃かこうした自然風の林につくりかえられたようです。

 

 ところで、ここが渋谷川の昔の流路の跡ということを考えますと、現在の東から西に向かって流れている形は、本来の西から東に流れていた渋谷川からすると逆の方向ということになります。しかしこれは、御苑の際をぎりぎりに通る道路のトンネル工事によって、地下水の水脈が絶たれるおそれがあるために、ラクウショウの保全を考慮した流れや池の新設であったように思われます。

 

 これは私の推測になりますが、ラクウショウのように湿地を好む植物は、樹木や林を守るだけでは十分とは言えず、生育していた湿地の環境をも再現しなければならないのですから、この流れや池の水は地下に浸透して、ラクウショウの生育環境を人工的につくりだしているのではないかと考えられます。そう考えますとこの森ができたのは、それほど前ではなく、御苑の中では新しいのかもしれません。

 

 しかし、苦肉の策とはいえ、こうしてつくられた落葉樹の林や池や流れのある「母と子の森」は、御苑を訪れる人たちにとって、新しい楽しみをもたらす空間となっているように思われるのです。

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園―29 新宿御苑 ⑮

>>消えた渋谷川と街と庭園ー31 新宿御苑 ⑯

 

2019年

11月

13日

<消えた渋谷川と街と庭園―29>

新宿御苑 ⑭

 

□ 渋谷川の谷筋の湿地とラクウショウ林

 イギリス風景式庭園の西の端にあたる樹林を抜けていきますと、苑内を大きく周回する園路に出ます。ここは御苑の最西端で、すぐそこに境界の柵があり、その向こう側では御苑をかすめて造られている道路の工事現場が見えています。園路を左に取り南に向かいますと、園路はわずかに下っていて、正面にラクウショウ(落羽松)の林が現れてきます。林の先は向こう上がりの坂で、ここが渋谷川源流の浅い谷地形であることがわかります。

 

 ラクウショウはこのような川筋の、おそらくは地下水の流れる湿地を選んで植栽されたものと思われます。ラクウショウは北米原産の落葉針葉樹で、湿気を好む性質ですので、明治初期に種子がもたらされ、そこから育てた苗木がこの場所に植えつけれたのでしょうが、まさに最適の場所だったのではないでしょうか。現在11本のラクウショウは、樹高が30mをこえる巨木に成長していて、湿地に生育しているために気根を数多く立ち上げています。その特徴のある気根は、大きいものでは1mほどもあり、特異な景観を見せています。  

 別名ヌマスギ(沼杉)ともいわれますが、鳥の羽のような葉が秋には紅葉して落葉するさまから落羽松と名付け、また湿地や沼地などに生育する性質から沼杉と名付けるなど、樹木の性質をわかりやすく命名した昔の人のセンスのいいのには感心します。

 ラクウショウの魅力は、カラマツと同様に何と言っても春の新芽時と秋の紅葉といえるでしょう。春の若い新葉の爽やかな浅緑の樹林も美しいものですが、晩秋には紅葉した落ち葉が散り敷いて、あかるい日差しに照らされた林床が、いちめんに赤く染まるのも捨てがたい味があります。

 

 そんな、他では見ることができないこれだけの樹林が、一時は道路建設のために失われようとしていたのです。幸いにも御苑を管理する環境省や有識者などの強い反対によって計画は変更されて、道路の一部がトンネルになり何とか残されました。それでも昔の天龍寺の湧水を水源としていた元の渋谷川の地下には地下水が流れていたのではないかと思われますが、その水脈もトンネル工事で絶たれてしまったのではと心配になりますが、どうだったのでしょうか。

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園ー28 新宿御苑⑬

>>消えた渋谷川と街と庭園ー30 新宿御苑⑮

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