<神田川沿いの街 早稲田の街と庭園-6>

江戸の大名庭園にさかのぼる歴史をもつ庭園

甘泉園公園⑤

□明治から昭和へ

 昭和13年、甘泉園は相馬家から早稲田大学が譲り受け、大学附属の庭園となりました。その前年には日中戦争が始まっていた時でした。東京に残る庭園の多くは、第二次大戦時の空襲によって被災していることが多いのですが、甘泉園はまったく被害を受けなかったようです。そのため、戦後も相馬邸時代の庭の姿が残されていたようで、その頃の様子を描いた文章があります。

 

 「甘泉園は幸いにも空襲を完全に免れて、今でも欝蒼たる森と潺渓たる水の流れをそのままに残している。庭園には程よい高低起伏があって、二つの池に面して小松の茂った芝生がなだらかな傾斜をなしているがここに腰をおろして遥か目白台の新緑を眺める時などには、東京都内にも今でもこんな美しい景観が残っているかと吾ながら驚くことがある。」(『早稲田とともに』島田孝一 昭和39年)

 

 この文章によって私たちは、明治・大正の頃の庭の姿や、目白台の緑を借景として取り入れていたことなどを知ることができます。ことに「小松の茂った芝生がなだらかな傾斜をなしている」という景観は、明治・大正期の庭の1つの特徴ともなっていた景観で、例えば原宿の池田邸や団邸などの古写真にもみることができます。そうした「ゆるやかな斜面に植えられた小松」の景観の名残りは、松が大木になっていますが、白金の八芳園の芝生の斜面に見ることができます。

 

 

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