<神田川沿いの街 早稲田の街と庭園-11>

明治期の特色を残す庭園

大隈庭園①

□ 大隈庭園ー(1)

――芝生の中の沓脱石――

 早稲田大学のキャンパスは、他の多くの大学と違ってきわめて開放的で、街を歩いているうちに、いつの間にかキャンパス内に入っている感じがします。西早稲田の交差点から書店の脇を通り、キャンパスを西から東へ抜ける通路を歩きます。途中何箇所かで階段を降り、ダラダラと坂を下りきると大隈庭園の前に出てきます。大隈邸は、明治の頃には、早稲田の田んぼの中にあったといわれていますが、それもこうしてキャンパス内を歩いて来ると、台地から下った低地にあることはよくわかります。

 

 大隈庭園は昔は名園といわれた庭です。しかし、最初に訪れた時の印象は、平坦な芝生が広がっている、何かとりとめのない空虚な空間というものでした。古い写真では、流れを手前に奥に大隈邸の建物があり、広い芝生ではあるものの明るく開放感のある和洋折衷の庭というイメージであったのです。庭を見る方向が違い、建物がなくなると、こんなにも印象が違ってしまうのかと驚きました。しかし芝生を横切り木々の茂る東側へ向かうと、ツツジの刈込の先に池というか、流れがあり、ようやく庭園らしい景観が現れたのです。

 流れがあれば、その水源を見たくなるのが人情です。ところが、水源とおぼしいところは、近年に改造されたものと思われますが、建物を背にして植栽で充分にカバーもされず、石がなんとなく並べられているところから水が出て来る状態で、水源らしい奥深さも風情もない状態で、これには幻滅させられました。庭園も環境の変化によって、改変をうけることもあるのは理解していますが、改変とはいいながらももう少し修景のしようがあるのではないでしょうか。

 しかし、昔からの姿を留めている上流部から、幅の広い流れを見せる中流部は、ゆったりとした曲線と控え目な護岸の石によって池とは異なる流れの魅力を感じさせて、昔の名園の面影を残しています。

 現代の大隈庭園は、中央が広い芝生になっていて、東に流れと築山、南に韓国風の小堂、そしてその背景の樹林の上に大隈講堂が見えます。北西方には高層の大隈会館がそびえ、北側にはこれも高層のリーガロイヤルホテルが壁のように建っているという新旧の建築物に囲まれている庭園です。

 

 その広い芝生の中央あたりに、ちょっと面白い光景が見られます。


 芝生の中に、巨大な沓脱石があり、延段があり、飛石があるのです。踏分石には伽藍石もあります。これらは、かつての大隈会館の縁先に、そして庭先に据えられていた石だったのでしょう。あるいは、大隈邸の時代から大沓脱石はあったのかもしれません。ここに沓脱石があることによって、私たちには建物の位置もわかり、縁先から観ていた庭の景観をしのぶことができるのです。沓脱石の上にのり、東の流れを眺めると、最初に感じた広すぎる芝生、一方に押しつめられた流れ、そして空虚な空間、という印象ががらりと変わりました。芝生の広さも適度に思え、片寄って見えた流れもほどのよい距離で、そして視点が高くなると流れの水面も見え、これが大隈邸の庭園景観に近いことを知ることができました。この沓脱石は、昔の庭の姿を垣間見せてくれる装置だったのかもしれません。この庭を現在の形に改修した時に、沓脱石を残してくれた設計者に感謝です。そして、やはり庭は家があっての庭なのだということを、改めて認識をしました。

 

 

営業時間

平日10:00~18:00 

定休日

土・日曜日、祝祭日

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