<神田川沿いの街 目白台の街と庭園-9>

新江戸川公園⑥

□ 土橋について

 ところで、ここにかけられている土橋に少し興味を引かれました。土橋と言われてはいますが、土橋風に作られた擬木の橋です。つまり、この橋は近代あるいは現代に作られたものということになります。橋は、真ん中がわずかに高く反っていて、上面の両端に丸太を置き、その間を舗装して土橋の表現を見せていますが、丸太は擬木で作られています。

 

 橋の構造は、コンクリートで橋脚や橋桁を造り、その上に長い六方石をびっしりと敷き詰め、両端を半割の丸太の擬木でおさえ、その間を砂利の洗い出しで仕上げたもので、長い六方石を敷き込んでいるところや、擬木の表層が一部はがれているところなどを見ると、新しいものではないようです。

土橋全景
土橋全景
土橋側面
土橋側面
土橋側面拡大写真
土橋側面拡大写真

 擬木は、案外その歴史が知られていない資材です。日本で最も古い擬木は、新宿御苑にある明治時代に輸入されたものですが、それ以降記録では、大正末から昭和初期に庭園で使われていた事例が記録されています。(『庭園の設計と其実例』椎原兵市・雄山閣・昭和3年)。これは、国産のものであったようです。しかし、現存しているのは、清澄庭園にある傘亭という庭園建築物(昭和7年)や有栖川宮記念公園(昭和9年)の擬木の柵が知られている程度なのです。

 

 ところで、この土橋がいつごろ作られたものか、はっきりとはわかりませんが、新しいと見れば、昭和35年(1960)に東京都が土地を購入して、公園として整備したときのものと考えられますし、古いと見れば、松聲閣の移築時か、細川家の本邸の洋館(現・和敬塾本館)の竣工時昭和11年(1936)の前後に、庭園の改修が行われ、その時に元からあった土橋を擬木にかけ変えたのではないかと考えることができます。

 

 擬木は、昭和初期には、既に庭園に使用されていた事例もあり、戦前のその時期に擬木の橋が使われるのも不自然ではないでしょう。反対に戦後の昭和35年には、長手の六方石を敷き詰めるような工法は、使われていなかったのではないかと思われるのです。

 

 いずれにしても、推測に過ぎないのですが、ちょっと気になって寄り道をしてしまいました。

 

 

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