<神田川沿いの街 関口台の街と庭園-10>

椿山荘庭園⑥

□ 御神木

 西の丘は全体が庭園ですが、その中に三重塔があり、椿山荘の邸内社とでもいう存在の白玉稲荷、そして丘の中腹にも蕎麦処「無茶庵」などの和風の古建築が配置されていて、それは、庭園景観により趣を添える存在になっています。しかも、それぞれ歴史と由緒をもつ建物が移築されていて、単に和風の景観を強調するだけではなく、椿山荘という施設の歴史や伝統をも感じさせる役割を果たしているようです。

 

 しかし庭内にはそれにとどまらず、さらに古いこの土地の記憶あるいは歴史を伝えるものがあります。裏門に近い園路沿いにある御神木の椎の木です。幹に注連縄をまいたスダジイで、樹高約20m、根元周囲4m50cmという巨木で、樹齢500年ということです。むろん敷地内で最も古い樹木ですが、戦災で多くの木々が焼失したといわれる中で、よくぞ生き延びてきたものです。

 

 椿山荘のある目白崖線には、スダジイは比較的多く見られる木で、隣の蕉雨園や芭蕉庵、新江戸川公園などにもあります。もともとスダジイは江戸、東京の潜在自然植生の一種であると共に、庭園木としても戦前までは多くの庭園に植栽されていました。そうしたことから、スダジイの古木がここに生育していることは不思議ではないのですが、それでも樹齢500年というのはめったに見ることのない木で御神木とされているのも当然でしょう。

 

 スダジイは葉の色が濃くくすんだ暗緑色で、幹も黒に近い灰色となり、印象としては暗い感じを受けますし、古木ともなると幹はごつごつと荒れて、ときには裂け目や空洞が見られます。こうしたスダジイを戦前の数寄者は、却って幽玄さや侘びた印象として好み、庭園や茶庭に植えたのです。

 

 戦前の東京で、最も大きく有名であったと思われるのは、原宿にあった三井の理事長団琢磨邸の茶室「松摘庵」の茶庭に植えられていたシイで、幹の周囲約6mもあり、樹高は不明ですが茶室の屋根の上に枝葉を茂らせていました。葉張りは約8mを超え,茶庭全体を覆う程であったようです。松摘庵の茶会に出ていた数寄者高橋箒庵は、「巨幹半ば朽ちたる椎の老木」と記していますので、巨大な幹に洞があいていて、それだけにより幽玄さや侘びた風情もひとしおであったと思われます。

 

 現在であれば天然記念物級の老大木ですが、このような木をわざわざ植えるのは、樹木に現れている数百年という悠久の時間を感じることができるからかもしれません。古建築を移築し、時代を経た石灯籠や水鉢、庭石を据えて庭を造り上げることは、独自の空間を、そして独自の世界を造ることなのだと思いますが、更にいえばその世界には独自の時間が流れていることも現わそうと考えていたのかもしれません。

 

 荒川区西日暮里に延命院というお寺がありますが、ここには都指定天然記念物のスダジイの古木があります。幹の周囲5m30cm、高さ約16m、枝張り南北約23m、東西約14m、樹齢は600年をこえているといわれています。写真に見るように、幹には大きな洞があいていて樹勢の衰えはあきらかですが、これほどではなくても団邸の「巨幹半ば朽ちたる椎の老木」は、このような姿に近いのかもしれません。


 椿山荘の御神木は、団邸のように植栽したものではなく、元々生育していたのでしょうが、そうであれば江戸以前の椿山以来のこの土地の歴史を体現している樹木であるということができるでしょう。延命院のシイといい、椿山荘のシイといい500年も600年もの生命を保ってきた樹木を見ることは、かつての数寄者のように、はるかな時の流れを感じさせてくれるきっかけを眼前にしているといえるのかもしれません。

 

 

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