<神田川沿いの街 関口台の街と庭園-13>

椿山荘庭園⑨

□ 庭園の歴史―明治末の景観

 椿山荘の庭園については、本稿でもたびたび引用している近藤正一氏の『名園五十種』の中に「山県公爵邸の庭」という一項があります。明治も末の43年刊行ですので、作庭時からは30年程の年月を経て、自然な景観がいっそう深まっていたと思われます。

 

 そうした印象は、冒頭の「真の天然趣味に富たる庭を求めたならば都下は勿論恐くは日本に於てもこの山県公の椿山荘の庭の右に出られるもの無いであろうと思ふ」という文章から書き始められていることからもうかがえます。

 

 正門からは大小の樹木が茂り、所どころにその樹林の上にそびえる老松があり、また竹林があるなど建物はほとんど見えない状態であったようです。

 

 庭園に入ると樹林の中の細径(ほそみち)を下って、「又高くなれるを右に上れば一面の芝生の廣場で即(すなわ)ち書院前(さき)の庭である。茲処彼処(ここかしこ)に古松が翠蓋(すいがい)を半天に翳(かざ)して立てるの他多く樹木を植えられぬはその眺望を妨ぐるを恐れての故であろう」と記していて、松の古木が多く見られることと、視線をさえぎる他の樹木はなく、芝生が広がるすっきりとした明るい、庭園景観であったことを伝えてくれます。

 

 近藤氏は、そこから芝生の斜面を下り、池のほとりに出ます。幽翠池です。池は「水は紺碧を湛へて岸の木立の影に緑を重ね、石は苔蒸して更に幽邃(ゆうすい)の趣を深うして居る。池の裾開けて濶(ひろ)く成れる所に橋ありて彼方(あなた)の岸に通(かよ)ふべく、又池の廣き辺(あたり)は浦曲(うらわ)の趣もある。」と水の美しさや古寂びた風情、そしてひょうたん形の変化のある池の姿を描写しています。

 

 それに続いて「岸の迫りて狭き所は一条の渓(たに)となりて水は淙淙(そうそう)の音を立てて居る。」池尻がすぼまって狭くなったところは渓流となり、その流れは「桧杉深く茂りて、その間に紅葉(もみじ)の枝をさし交す様など恰(あたか)も木曽山中の秋を見るが如きに遥か彼方(あなた)の奥まりたる木陰に滔々(とうとう)と音して落つる飛瀑の末が脚下の渓間(たにま)に注ぎ入るなど」と滝となって落ちる様子を描写していますが、これも椿山荘十勝の一つ聴秋瀑(ちょうしゅうばく)で、その景観にはきわめて高い評価をしているようです。

 

 更に南へ進むと「一面の芝生の日当り好い山懐の如(よ)うな所」に「杉叢(すぎむら)を背にして立てる小亭が構(しつら)はれて、屋角に一株(いっしゅ)の野梅がある、野梅の下を繞(めぐ)れる小流れは屋背の井戸より噴き出づる水で高礼に古香井(ここうせい)と記されてあるが」ここは、庭中でも有数の趣もある場所と評価しています。この古香井も十勝の一つで、この谷戸の池・渓流・滝・湧水という水流を好んだ山県有朋が、最も力を入れたところといえるかもしれません。

 

 谷戸を南に下ってきた後は、そこから西の丘に上ります。「之(これ)より路を雑木の茂れる坂道に取って屈曲して山に上れば凌雲(りょううん)の古松高く聳(そび)ゆる芝生の高台で」ここには有名な天狗松と名づけられた注連縄を張った御神木のような古松があり、また稲香亭(とうこうてい)という四阿(あずまや)もあり、庭中で最も眺望に富んだ場所であったようです。

 

 その眺望は、台地の下に神田上水の流れが横たわり、南に早稲田の田圃、西に富士を望み、東の関口の上水の堰から響く水音を聞くという、何ともぜいたくなところだったのです。

 

 西の丘上にあった天狗松も、稲香亭も、共に十勝のうちにあげられている庭内で指おりの見どころでした。

 

 さらに西の丘の芝生の間の小径(こみち)を下り、池にかかった橋を渡って東の丘へ上ると、「山は愈々(いよいよ)深くなりて欝然(うつぜん)たる樹林の生い茂れるは殆(ほとん)ど深山の奥の如く西東さえ弁(わか)ち兼ぬる間を蒼苔(あおごけ)滑らかなる山路を分けて進み行くに」という自然の山中そのもののような景観で、途中馬場もあり、福徳館(ふくとくかん)という小亭もあり、そこから再び「苔の細道」を上って行くと、庭に入った時の小門に戻ったのでした。

 

 庭内を、近藤正一氏の眼を通して一巡してみると、園路の上りと下り、視線の開放(眺望)と閉鎖(樹林内)、庭外の水景(神田川)と庭内の水景(池、渓流、滝)、巨大な古松(自然)と趣の異なる四阿や小亭(人工)等々、きわめて変化のある景観が次々と展開する様子がわかります。

このような変化に富んだ景観も、この土地の地形の変化と豊かな湧水があってこそ造り上げることができたのでしょう。また、その土地の地形を生かして作庭の構想を練りあげた山県有朋の着眼と構想力の大きさに驚くばかりです。

(クリックで拡大されます)
(クリックで拡大されます)

営業時間

平日10:00~18:00 

定休日

土・日曜日、祝祭日

お問い合わせ