<白金台の街と庭園-3>

池田山③

□ 戦前の住宅地の面影

 池田山の住宅地には、戸建の住宅や集合住宅の他に、街の歴史の一端を伝えるものがあります。その一つは、インドネシア共和国大使館ですが、真白く塗られた長い塀の向うに、重厚な印象の洋館が見える街並は、街の風格を高めている存在といえるでしょう。

 建物は2階建てで、1階部分の外壁は小松石かと思われる重厚感のある石貼りですが、2階部分の外壁は真白く塗られ、重厚さと軽快さとが一体となっている 造りになっています。詳しいことはわかりませんが、昭和11年(1936)に建築されているとのことで、戦災の被害を免れた建物の一つなのでしょう。

 また、池田山には、美智子皇后の実家であった、正田家の建物跡を品川区が購入して公園とした「ねむの木の庭」があります。一般の公園と違って遊具などはなく、シンボルツリーのネムの木を中心として、皇后が歌に詠まれた植物が周囲に植栽された、庭園的な趣があります。

 

 冬は多くの草花が休眠しているために、華やかさはありませんが、ところどころに立てられているガラスのパネルが、霜枯れの庭をモダンな感じに見せています。

 この「ねむの木の庭」の入口には、旧正田邸時代のどっしりとした石積みの門柱が残されていますが、旧正田邸の建物も昭和8年(1933)に建てられた木造3階建の洋館であったということですので、インドネシア大使館とほぼ同じ時期の建築です。

 池田山の住宅地は、池田家から西武の前身の箱根土地が購入し、宅地として造成して昭和2年(1927)から分譲されたといわれていますので、分譲後建てられた住宅は洋風の建物や和洋折衷の建物なども多く見られた街であったのかもしれません。

 

 戦災による家屋の焼失区域を示す『東京都35区区分地図帳―戦災消失区域表示』(日地出版1985、初1946)によれば、池田山の台地 の周囲は、台地の南、東、北側共に焼けていて、台地上の住宅地も街の東半分近くが消失していますので、残されたのは街の西側の半分のみであったようです。

 

 これまで見てきた建物は、その区域内にあったために消失を免れたわけですが、そのおかげで山の手の住宅地の戦前の姿を、一部とはいえ偲ぶことができるのです。

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