<白金台の街と庭園-13>

池田山公園⑩

□ 歴史をたどる——大正時代(2)

 池田山公園の地が、鳥山氏の所有からここに邸宅を営む神戸氏の所有に変わったのは大正8〜9年のことのようです。

 

 大正10年7月4日の報知新聞の記事に、その土地所有移動の経緯が書かれています。記事は「荒蕪地を時価の倍額で逓信省が買上げた」というリードで、逓信省の電気試験所(現・NTT東日本関東病院)と大崎町小学校(現・品川区立日野第三小学校)の公共事業にかかわる政治家の土地ころがしについて報じたもので、その土地の転売の中に、池田山公園が含まれているのです。

 

 「府下荏原郡選出政友会代議士土屋興氏の所有地たる府下大崎町大字上大崎字上の谷、今里、下大崎平岡の一部篠の谷合計二万八千八百九十一坪六合の内九千五百坪の土地を坪当り五十円にて此程逓信省が買上げ目下地均工事中である」と電気試験場について記していて、「前記土屋氏の所有地三万坪は元品川町の素封家たる鳥山利孫氏の所有地で、大正八年四月当時最も地価の高値を呼んでいる際に一坪十九円にて買収せしむもので、同地一帯は湿地と山地とより成り湿地はほとんど荒廃して茅萓の繁茂に任せ一度風雨に逢えば山崩れを為し一面泥海と化す等昨今に於いては坪十円にても誰一人として買手無く而も僅かに山地と称する比較的乾燥地域は東京電灯株式会社長神田挙一氏が買収する所となり」(データ作成2010.3神戸大学附属図書館)

 

 この報知新聞の記事によれば、高橋箒庵氏の日記中にある鳥山某は品川町の素封家、鳥山利孫氏で、鳥山氏は大正8年4月に代議士の土屋氏に土地を売却し、一方神戸邸は比較的乾燥している山地で、神戸氏はここを買収したものと思われます。

 

 こうした土地所有の移動を見ますと、神戸氏が邸宅を営んだのは大正10年以降であり、庭園の築造も同時期であったことと推測されます。つまり、高橋箒庵氏の観たマツ林や池は、庭園ではなかったことがわかります。

 

 

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