<白金台の街と庭園-22>

白金台の裏道・小道⑥

□ 小道沿いに残る古木

 芝白金団地から元の道へ戻り、白金台幼稚園に沿って回り込んで反対側の小道に向かいますと、ここにもケヤキやイチョウの古木が、緩やかな坂道に沿って立ち並ぶ光景が現れてきました。木々は幼稚園の敷地の道路際というか半ば道路に生えていますが、幼稚園の塀は木を残すことを優先したのでしょうか、木の幹に当たる処をあけて、途切れとぎれにつくられています。そうした手間をかけてまで残そうという配慮が、この古木が立ち並ぶ小道の風情を守ってくれたのでしょう。


白金台のこのあたりには、こうした古木が並木状に残されている小道がところどころにあります。それはこの街が、広い敷地を持つ邸宅が立ち並ぶ屋敷町であったからではないでしょうか。長い塀と広い庭の木々が茂る静かな道筋は、昔の東京の山の手に多く見られた屋敷町の景観でした。道路が広がり、土地の区画も変わり、建物が変わる中で庭は壊されてしまいましたが、道路沿いの木々だけはかろうじて残されたのかもしれません。

 

 現代の東京に失われた、そんな昔の街の記憶につながる断片が、ここには残されているようです。そうしたことを想うのは、街を歩いていると、あちらこちらで大木・古木が伐られて姿を消していくのが目につくからです。私が生まれ育った千駄ヶ谷の街でも、ここ4~5年のうちに数か所でケヤキやイチョウの古木が伐採されて姿を消しています。それらの木々は、昔の街を写した戦前の写真にも写っていて、街のランドマークのような役割を果たしていたように思います。またここで育った子供たちにとっては、この木にとまる蝉を何度も捕まえた思い出につながる木でもありました。勿論伐るだけの理由は、それぞれにあったのかもしれませんが、白金台に残る小道沿いの古木を見ると、残すための理由と方法もまたあるのではないかと思われるのです。

 

 自分の生まれ育った街が、ただただ大小の建築物で埋め尽くされて、街の風景から土地の歴史も、季節感も、思い出も、そして生き物の気配すらも失われて、平板で陰影のない、どことも区別のつかない街になっていくのは何とも寂しいものです。

 だからこそ私たちは、東京の中にわずかに残された、他所にはないその土地らしさを感じることのできる街並みや、古い建物、石垣、古木などが残されている街に、魅力を感じて散歩に訪ずれたくなるのかもしれません。

 

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