<白金台の街と庭園ー44>

八芳園庭園 ㉑

□歴史をたどるー昭和時代(3)

 

 昭和34年(1959)に造園家西田富三郎氏は、『東京の庭』(紀伊国屋書店)を出版しました。この本は、当時東京に現存していた、一般に公開されていて誰でも観ることのできる庭園や、公園、広場などを写真と解説によって紹介したもので、戦後の一時期の東京の庭園の状況を知るうえで貴重な資料となっています。

 

 八芳園の庭園も、椿山荘や今では消滅してしまった般若苑、星岡茶寮などと並んで、料亭の庭という項目のなかで紹介されています。西田氏は、解説の中で八芳園の庭園について次のように記しています。

 

 「ここは園外の展望にこそ恵まれていないが、濃密な植込みによって特殊の日本式自然風景園(池泉回遊式)を形づくっている。庭の主調をなすものはアカマツの群落で、それには雅趣豊かなものがある。これにいろいろの落葉樹を鏤め(引用者注、ちりばめ)て、形態上色彩上の変化を強調している。」

 

 この八芳園庭園の特徴を記した西田氏の文章を読むと、大正10年(1921)に高橋義雄氏が訪れた時の印象を記した文章と、どこか似かよっていることに気が付きます。高橋氏の文章を再びみてみますと「庭に二株の大松あり、其他全面松林中に桜樹間錯して(以下略)」とあるように、作庭後間もない時期に訪れた高橋氏と、およそ40年後の昭和30年頃と思われる時期に訪れた西田氏は同じようにアカマツ林とその間に交じる落葉樹(サクラも含む)の景観をまず第一にあげていることが共通しているのです。

 

 つまり八芳園の庭園は、植栽、特にアカマツ林によって造り出された景観と、サクラなどの落葉樹によって彩られる四季それぞれの新緑や花、紅葉の変化する景観を楽しむところに、その特徴があるととらえているようです。

 

 そうした点は、西田氏の文章の中の「特殊の日本式自然風景園」という言葉にも表れているように思われます。現在ではちょっと奇異に感じられる言葉ですが、これは「イギリス自然風景式庭園」を踏まえての日本式ということだと思われますが、ただ特殊とは何を指して特殊としているのかは、今の私には理解できていないというのが正直なところです。

 

 近代の東京の庭園は、自然らしさを生かした作庭が好まれて、池なども護岸の石組みは少なく、天然、自然の池のように造られていました。椿山荘の庭園や根津美術館の庭園と同様に、八芳園の池もそうした例の一つといえるでしょう。

 

 また植栽に関しても、アカマツとサクラの取り合わせは、常緑のアカマツの中に交じるサクラの花がより美しく映えることから、選択されたと思われますが、同時に落葉樹である雑木林の中にアカマツが混じる風景は、東京の郊外に多くみられる風景であったことも、自然風の庭園という印象を与える一つの要素であったのかもしれません。

 

 こうした自然風景式庭園というのは、京都の庭園のようにくっきりとした空間構成や、石組みによる護岸に縁どられた池泉、手入れの行き届いたアカマツの樹形と苔が描く地模様など<人為的><造形的>な造りが際立つ庭園と比較すると、植栽の比重が高く、植栽中心の全体的な景観が重要視される<自然的><造景的>な庭園ということが言えるのかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斜面中段のアカマツと落葉樹の樹林を写したもので、手前にはツツジ類の刈込と芝生が見えている。林の中に傘亭があり、その姿からは木々の樹高がかなり高いことがわかると共に、樹形も自然樹形に近い様子が見て取れる。

 

写真出典:『『東京の庭』西田富三郎、紀伊国屋書店、昭和34年

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