<白金台の街と庭園ー45>

 八芳園庭園㉒

 

□歴史をたどるー昭和時代(3)

 『東京の庭』には、その後の60年の歴史の中で変わってしまった旧久原邸時代の建物や庭園の姿が、写真の中に残されています。その一枚には、改築される前の久原氏の住まいが写っています(写真1)。寄棟桟瓦葺きで、床の高い平屋の建物(一部二階建てか)で、現在みる改築後の姿と比較すると、案外に小振りで小規模の建物であったように見受けられます。

 

 建物の背景にはケヤキの大木が枝を広げていて、平成の現代の高層マンションが壁のように立ちふさがる状態とは著しい違いを見せています。

 

 

 

 

 

 

(写真1)

 それにもまして大きな変化を見せているのは、池まわりの景観でしょう(写真2)。水面に浮かぶように建つ水亭を中心に、周囲の樹林を写したものですが、水亭の今も変わらない優美な姿はともかく、まわりの樹林の濃密なこと、そしてそれが自然さながらの姿であるのは驚くばかりです。

 

 まるで山あいの湖沼のほとりを思わせるたたずまいは、西田氏が「仙境的雰囲気は都心にあるものとも思えない」と記していることもうなずけるとともに、こうした庭園を西田氏が「日本式自然風景園」とよぶことにもふさわしい自然そのもののような景観を作り出しています。

(写真2)

 

 現代では水亭の右手にはチャペルが見え、六階建ての本館が建ち、その脇に滝が設けられていますので、こうした自然そのもののような印象は失われて、人の手によって造られた庭園という感じが強まっていることは否めないところです。

 

 こうした変化も、東京という大都市の発展と商業施設としての経済性のなかでは仕方のないことといえるでしょうが、東京に残る庭園の悲しい宿命とでもいうしかないように思われるのです。

 

 昭和40年(1965)1月29日、八芳園の庭園を造り、守り育ててきた久原房之助氏が亡くなりました。享年96歳でした。久原氏が晩年に至って住まいと庭園の一切を長谷氏(株式会社八芳園)に譲渡していたために、個人の財産であればかけられる相続税をまぬかれ、そのために庭園は残ることができたといえるのかもしれません。

 

 個人所有の庭園の多くが、戦後相続税の問題で消滅していったことを思うと、久原氏はこうしたことを予想して屋敷を売却したのではないかとも思われるのです。そうであれば、一代の実業家久原氏の先見の明といえるのではないでしょうか。

 

 その後、八芳園の庭園には「白鳳館」「現本館」などが建てられ、それに伴って庭園も改修されていますが、これから後にも大正期の「日本式自然風景園」の面影を残す庭園として、大切に維持されることを願うところです。

 

写真出典:(写真1・2共)『東京の庭』西田富三郎、紀伊国屋書店、昭和34年

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