<白金台の街と庭園ー49>

桑原坂界隈 ④

□近代建築の点在する道 (2)

 

 二本榎通りから坂を下って桜田通りまで戻ると、広い通りには歩道橋がかかっていますが、橋上からは右手に明治学院の記念館である洋館が、そして左手の高台には、近代和風建築の三菱電機高輪荘の建物を見ることができます。

 

 明治学院は、明治20年に築地からここ白金台に移転してきましたが、その歴史を象徴するかのような明治の面影を伝える塔のある洋館が、広々とした芝生の先に建っています。

 この建物は、明治23年に神学部校舎兼図書館として建設されましたが、現在見る姿は、明治27年の地震によって損壊した後に改造されたものといわれています。

 

 1階部分は煉瓦造で2階は木造ですが、2階の外壁に木の柱や梁などが表されていて、それが記念館という建築物にふさわしい装飾的な模様となっています。

 

 また銅板葺の屋根は、急勾配の複雑な形をしていますが、なかでも右手の尖塔がひときわ高く伸びあがっていて、この建物に象徴性を付与しているように思われます。

 

 明治学院の敷地内には、このほかにも学院の創建当時の明治21年頃に建設された木造のインブリー館や、さきに桂坂で見た旧朝吹邸と同じウイリアム・メレル・ヴォーリズが設計し、大正5年に竣工した煉瓦造平屋建ての礼拝堂がありますが、今回は道路から見ることのできる記念館を眺めるだけにしておきます。

 明治学院の正門の向かい側には、昭和6年に建築された実業家遠山芳三氏の近代和風の邸宅が、塀と庭木の間にわずかに見ることができます。現在は三菱電機株式会社の所有で、非公開となっていますので、この歩道橋上から垣間見るほかはありません。

 

 この建物は、『港区の歴史的建造物』によれば、「桜田通り沿いの奥まった所に表門を構え、南に和風庭園を配置し、その北側に和風建築の主屋、東側に洋館と土蔵が連結されている。」ということですので、近代の邸宅にはよくみられる和館と洋館が併設されている構成で、歩道橋から見られるのは、このうちの和風建築の主屋の一部と思われます。

 

 そこで表門だけでも見たいと思い、歩道橋を下りて桜田通りをわずかに五反田方向に歩きますと、御影石敷きの広く奥行きのあるアプローチの先に、重厚なたたずまいを見せて立派な表門が建っていました。

 

 門は、柱に冠木を通し切妻の屋根を乗せた棟門の形式と思われますが、屋根を支える柱は3本の太い角材で、左右対称ではなく、右側に柱2本を近接して立てて、その間を潜り戸の通用口とした形にアレンジしています。

 

 屋根は桟瓦葺きで軒先は銅板葺きとなっていて、門の格式は保ちながらも、近代和風らしい軽やかな屋根にしているようです。

 

 開いた門扉の先には、砂利敷のアプローチが延びていますが、その先の玄関は庭木に隠れて見ることはできませんが、これも門回りから玄関にかけての前庭の定式といえる造りになっています。門の上に大きく葉を茂らせている木の向こうには、どのような庭が造られているのか、見てみたいものです。

引用及び参考文献:『港区の歴史的建造物』港区教育委員会 2006年

 

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