<白金台の街と庭園ー54>

桑原坂界隈 ⑨

□ 江戸の道から東京の道路へ (5)

 

 地図で調べた江戸の道は、道路が右にカーブしているところから分かれて、正面に見える黒い建物の左側をまっすぐに入る細い道のようです。大正の道路と比べると道幅はかなり狭いことがわかります。

 

 道は奥に向かって思いのほか急な上り坂になっていますが、地図では突き当たった所を右に直角に曲がっているはずです。

 次の写真は、この細い道に入って坂の上から振り返ってみたところです。道筋は江戸の絵図に描かれていたようにまっすぐに延びていて、明治学院前のイチョウの大木まで見通すことができます。

 

 またここからは、昔の玉名川の流れていた谷底に下った道が、再び桜田通りに向かって上っているのがよくわかりますが、絵図ではさして長くもない道にこれほどの高低差があったことは、ちょっとした驚きで、やはり現地を歩いて見ないとわからないものだ、ということを改めて感じます。

 

 

 そしてここは、江戸の絵図で道が南部家抱え屋敷の角で直角に曲がっていた所です。先の写真の道が右側から上ってきて、ここで奥に向かって曲がっています。

 

 そしてその先はまた向こう下がりの坂になっています。この辺りは江戸の道筋がそのまま残っているように思われますが、それにしても幾度も坂の上り下りを繰り返すアップダウンの激しい道であったことは確かで、通行する人たちは、夜道や雨の日にはさぞ大変であったろうと想像します。

 

 

 これは、角を曲がってまもなくの下り坂になった所です。道幅はさらに狭くなり、昔の寸法で言えばおよそ二間(3.6m)といったところでしょうか。この場所に立ってみますと、この江戸の道筋の中でも最も昔のままの姿で残っている部分かもしれない、という感じがしてきます。

 

 ところで、こうした細い道を見ると、白金の通りと二本榎通りという当時では主要な道をつなぐ脇道とはいえ、武家屋敷の間を通る道筋は、あまり人通りもなく寂しい道だったのではないかと思われます。夜など追いはぎが出て、怖い思いをするところから「くわばら、くわばら」となった、と坂の名称である桑原坂に結びつけたくなりますが、そこまでいくとあまりにも想像が過ぎて妄説になってしまいます。しかしそんなことも想像してみたくなる道なのです。     

 

 

 さて、その短い坂を下ると道は再び大正の道路に合流します。そこからはまたまっすぐな道が桑原坂に向かっていて、この直線の道筋も江戸の絵図に描かれたとおりです。

 

 大正期の道路改修で、道路の付け替えが行われて、この一部分だけが取り残されたのは、短い距離の中で坂を上り下りすることや、曲がり角が自動車の通行には適さないことは確かです。しかし、そのためにわずかな距離ではあっても、こうして江戸の道が残されたのですから、私たち散歩人にとってはありがたいことといえるでしょう。

 

 

、江戸の道を歩いて再び元の広い道路に出て振り返ってみますと、1階にレストランの入るこの界隈でも目立つ建物の脇に、江戸の道がひっそり口を開けています。

 

 今風のそんな建物のすぐそばに、江戸の面影を感じさせる道が今なお残されているのも、この白金台の街の懐の深さと面白さといえるのかもしれません。

 

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