<白金台の街と庭園ー59>

シェラトン都ホテル東京の庭園 ⑤

 園路沿いに置かれた石造品を見ながら園路をたどると、やがて広がりのある空間があらわれました。園路に迫っていた斜面は奥に後退して傾斜もゆるやかになり、この庭では最も視界の開けた場所のようです。

 

 広場のような空間の真ん中に、公園にみられるようなテーブルとスツールを置いた休憩スペースが設けられていました。よく見ますと、テーブルもスツールも少し変わったデザインです。

 

 テーブルは円筒形の石造物で、天板にあたるところに八角形の穴があけられ、側面には、翼状の突起と穴が交互に彫られています。テーブルの上の穴は、何か軸のようなものが差し込まれて、回転するようにも思えるのですが、さて何に使われていたものかわかりません。

 

 スツールのほうは、陶製のものと自然石のは別として、石造のものは中ぶくれの円筒形で、ちょうど太鼓のような形をしてい

ます。側面には取っ手になるような金輪を浮彫にしていて面白いデザインですが、これも何に使われていたのかはわかりません。

 

 いずれにしても、もともとは別の用途のために作られたものを、テーブルとスツールに転用したものと思われます。日本の庭には、昔からこのような本来別の目的で作られたものを再利用する、”見立物”といわれる石造品が使われていました。

 

 灯篭なども、もともとは社寺で照明用に使われていたものを、庭園に転用されたと言われていますが、そのほかにも社寺建築の柱を立てるための礎石は、伽藍石といわれて飛び石の中で踏み分け石として、また厚みのあるものは水穴を掘って水鉢として使われました。さらに壊れた灯篭や層塔の部材は、やはり水鉢に加工して使われますし、現代でも石臼などは飛び石としてよく利用されています。

 

 ここにあるテーブルとスツールも、そうした”見立物”のひとつなのでしょうが、使い勝手もよさそうで、上手に見立てたものと思います。しかしこれらも、見たことのない形をしていますので、日本のものではないように思われるのですが、はたして何であったのか知りたいところです。

 さて、この広場の周りにはさまざまな石造物が置かれていますが、広場の奥の斜面の下に、一体の石仏が安置されていました。石仏は、残念ながら鼻が欠けているほか、左腕は肘から先が、右腕は手首から先が共に欠けていますので、手の印相や手にもつ品などが不明で、何という仏様かはわかりません。

 

 後日調べたところでは、菩薩型の石仏ということがわかりましたが、菩薩型の特徴は概略次のようなものでした。”釈迦の出家以前の王子の姿を形どっていて、髪を結い宝冠をいただき、上半身は裸体で左肩から右脇に条帛(じょうはく)という布をまとい、下半身は裳(しょう)をつける。頭や胸、腕などには多くの飾りをつける。”(『図説歴史散歩事典』より)

 

 こうした解説を読んだうえで、改めて石仏を見直しますと、確かに髪を結い、胸にも上腕部や手首にも飾りが見られます。仏様の名称は不明ながら、菩薩型の石仏であることだけは知ることができました。

 

 しかしながら、その姿はどことなく異国の感じがするようです。そうした印象も、この庭に異国の石造品が多く置かれているところから来るのかもしれませんが、顔立ちや肩の張った体つき、結跏趺坐の足が、裳に隠されることなくそのまま表れているところ、そして蓮華座の連弁の表現など、やはり日本で見慣れている姿とは少し異なる感じがするためでしょうか。

 

参考文献:『図説歴史散歩事典』井上光貞監修、山川出版社、1987年

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