<白金台の街と庭園ー66>

 

シェラトン都ホテル東京の庭園 ⑫

 

□歴史をたどるー明治時代(1)

  明治時代も中期のこのあたりの様子は、「東京実測図」(明治20年{1887})によってある程度は知ることができるようです。後に藤山雷太氏の屋敷となる土地は、相模街道に沿って白金台町の町家が立ち並ぶ町筋の裏手にあたりますが、一部は宅地となっていて、その他は畑や田の印が見られます。台地の下を流れる玉名川は、水色の線で塗っている部分です。

 

 

 地図では南東に下る斜面の、玉名川を挟んだ向かい側の台地上の、旧松平丹波守下屋敷跡は、海軍埋葬地になっています.そしてそこから玉名川に沿って斜面が下っている様子は現在も見られる地形そのままで、この時期には江戸時代以来の鬱蒼とした樹林であったようです。

 

 明治20年には、海軍埋葬地の南側に明治学院が移転してきます。後年作成された『明治学院五十年史』には、移転当時の学院周辺の景観が描写されていますが、その中に後に藤山邸となるあたりについて描かれた小説が引用されています。書いたのは島崎藤村で、小説の主人公は移転後間もないころに明治学院に学んでいる設定の,自伝的小説『桜の実の熟する時』という作品でした。(註)島崎藤村は明治20年から24年6月まで学院に在学していたのですから、その時の記憶を作品のなかで描いたものでしょう。その中から後の藤山邸と思われるところを抜き出してみます。

 

「(捨吉は)学校の敷地に沿ふて裏手の谷間の方へ坂道を降りていった。一面の藪で樹木の間から朽ちかかった家の屋根などが見える。勝手を知った捨吉は更に深い藪について分かれた細道を降りて行った。竹藪のつきたところで坂も盡きている。」

 

 捨吉は小説の主人公で、島崎藤村の若い時の姿を投影している人物です。その捨吉が、桑原坂に向かう坂道を下って、さらにそこから分かれた細道を降りていくのは、玉名川に沿った細道だったと思われます。この細道は、「東京実測図」では玉名川を示す線と紛れてわかりにくくなっていますが、前回に示していた江戸の絵図には川沿いの道がはっきりと描かれています。

 

 当時は川沿いの斜面は一面竹藪で、その中に大きな樹木が生えていたようです。朽ちかかった家があって、永年放棄されていたとすれば、おそらくアズマネザサの竹藪だったのではないでしょうか。(註)ここで川のことが書かれていないのは、川を覆い隠すほどに竹藪が茂っていたためではないかと思われます。

 

「(捨吉は)張りさけるやうな大きな声を出して叫ぶとそれが淋しい谷間の空気へ響き渡っていった。一羽の鳥が薄明るく日光の射し入った方から舞い出した。彼はそこに高く持上った岡の裾のような地勢を見つけた。その小山へも馳せ登って、青草を踏みちらしながらまたそこで力一ぱい大きな声を出して怒鳴った。」

 

 主人公は若者特有の鬱屈した胸中の苦痛をそこへ漏らしに来たのですが、人家もなく人影もない谷間は、誰はばかることもなく苦悩を叫び声とともに吐き出す場所であり、またそれにふさわしい場所であったのだろうことが感じられます。そして岡の裾から駆け上がった青草の生えている岡は、白金台町から下る斜面であり、畑は放棄されて草原に代わっていたのかもしれません。

 

 島崎藤村の作品を引用した『明治学院五十年史』の著者である鷲山弟三郎氏は、藤村によって描かれたこの場所を「今では殆どその当時の想像さへ浮かばぬ藤山氏邸のあたりかと思われるが、」と記しています。こうして明治期の地図と藤村の文章を合わせ読むことによって、この土地のイメージもようやく立ち上がってくるようです。

 

 

・図版出典: 内務省地理局「東京実測図」から編成。(明治20年{1887}) 『増補港区近代沿革図集 高輪・白金・港南・台場』(港区港郷土資料館 2008)に彩色。

・引用文献: 『明治学院五十年史』鷲山弟三郎、明治学院、昭和2年(1927)

・註:島崎藤村『桜の実の熟す時」は、明治41年(1903)から朝日新聞に連載された。単行本は大正8年  (1919)春陽堂から刊行された。本ブログでは、『明治学院五十年史』より引用した。

・註:アズマネザサ ― 関東以北の山野に自生し、高さは2メートルほどだが密生すると、人が立ち入れないほ どの藪となる。東京の郊外などでは、路傍や空地に自生しているのを現在でも見かける。庭園では低く刈り込んで利用される。

 

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