<消えた渋谷川と街と庭園ー3>

新宿内藤町 ③

 

□ 新宿御苑のまわりを歩く (3)

 玉川上水・内藤新宿分水散歩道には、水と緑の他にも散歩人の眼を楽しませてくれるものがあります。それは、散歩道に沿って建つ、戦前に建てられた旧新宿門と旧大木戸門の門衛所の建物です。この小さな建物は、門衛所と名前はいかめしいのですが、それぞれデザインは異なってはいても、いずれもこぢんまりと可愛らしい大正モダン風の洒落た小住宅を思わせる姿を見せています。

 左の写真は、旧新宿門門衛所の裏側です。特徴的なのは建物を前後に少しずらして、勾配の急な切妻の屋根を二つ連ねた形でしょうか。これは建物を小さく見せようとした考えであったのかもしれません。

 

 また切妻屋根の形も、同じではなく左側には長く葺き下ろして、建物の間口を広く取り、右の建物とずらした部分に出入り口を設け、その上に付けられた庇の出と壁面を揃えていてバランスが良く、建築の専門家ではない私には、親しみを感じるデザインの建物と思われました。

 開いたままになっている門を出て、道路の反対側に立ち門衛所の正面を眺めますと、さすがに受付(チケット売り場?)には鉄格子がはめられていて、多少の物々しさを感じさせます。

 

 このように表と裏とはがらりと印象が異なりますが、三角屋根の小さな洋風の建物は、散歩道にもう一つの魅力を与えているようです。欲を言えば、こうした歴史のある建物がカフェにでもなっていたら、さらに愉しめる散歩道になるように思うのですが・・・。

 散歩道の終着点にあるのが、この旧大木戸門門衛所です。新宿門門衛所と比べますと、少し大きな建物です。しかし大きく異なっているのは、屋根が寄棟の和瓦葺きで、和洋折衷の建物に見えることです。

 

 開口部は大きく、入り口は上部にガラスの入った引き戸、腰窓もガラスの引き戸で

和風の感じですが、窓まわりの窓台や額縁は太く、表面をナグリ仕上げのように荒く仕上げていて、洋風の民家のような感じがします。

 正面に廻りますと、裏面とは窓まわりのデザインが変わり、洋風の印象が強くなっています。窓は縦長で幅も細く上部はアーチとなり、額縁も細くすっきりとしたデザインです。

 

 こうした正面と裏面の著しい違いは、門衛所という建物を考えてみれば、裏側はもともと人に見せる部分ではないということでしょう。しかし、新宿門とは違い窓に鉄格子が付いていないのはなぜなのか、気になるところです。

 

 

 この大木戸門が作られたのは昭和2(1927)年といわれています。この年の2月7日には、前年の大正15年12月25日に崩御された大正天皇の御大葬が、御苑内に設けられた葬場殿で行われました。(直ちに昭和天皇が践祚し昭和と改元)。そして葬場殿は6月まで置かれていたようです。

 

 しかし御大葬に合わせて作られたわけではないようで,金井利彦氏の『新宿御苑』に付けられた年表によれば、大正14年に「拝観人休所を建てる」という記事がありますので、限られた人たちではあったでしょうが、拝観人の受付所を兼ねた門衛所の建設が行われていたのかもしれません。

 

  ここからは想像ですが、 拝観とは言っても当時は皇室の宮廷庭園ですので、皇族、華族、政府高官などの拝観の手続きを必要としない人たちと、それ以外の手続き(受付)を要する人たちとでは、入り口が異なっていて、大木戸門は前者、新宿門は後者というように分けられていたのかもしれません。その違いが鉄格子に現れていたのではないかと想像するのですが、さてどうだったのでしょうか。

 

 

参考資料:『新宿御苑』金井利彦 東京公園文庫3 郷学舎 1980年

 

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