<消えた渋谷川と街と庭園ー7>

新宿内藤町 ⑦

 

□新宿御苑のまわりを歩く (7)

  渋谷川は、内藤町を流れる間には、新宿御苑と川沿いの家々の間をひっそりと流れていて、道を歩いていても気がつかず、町内の人の他にはほとんど人の眼に触れなかったのではないかと思われます。 

 その渋谷川がようやく姿を現すのは、南に向かって流れていた流路を大きく東に湾曲させて、外苑西通りに近づいた地点です。しかし、流れは外苑西通りにぶつかるところで再び南へほとんど直角に曲がって、暗渠の中に流れ込んでいたようです。そしてここから下は、渋谷駅の南側の稲荷橋まで延々と暗渠になっています。

 

 この場所は、かつてはすぐ傍らにある大京町交番の裏あたりに御苑の玉藻池からの流れが合流していて、内藤頼博氏も記していた池尻水車があり、その下には千駄ヶ谷から大木戸に抜ける道の、渋谷川を渡る池尻橋がありました。

 

 そうした小さな街の何気ない風景でも、文章に残してくれた人がいました。英文学者で随筆家でもあった馬場孤蝶氏(1869ー1940)です。馬場氏は、牛込の弁天町に住んでいたころ、詩誌『明星』を主宰していた与謝野鉄幹(1873-1935)・晶子(1878-1942)夫妻の千駄ヶ谷の住まいを訪ね、深夜徒歩で帰る途中に、このあたりを通ったことを「千駄ヶ谷あたりの追憶」に書いています。

 

「夜中の一時頃に、千駄ヶ谷駅から御苑に沿うて北行すると、水車があって、小さい橋があり、それを越して、内藤町へ入って、大木戸へ抜けるのであったが、その間が如何にも淋しい路であった。」(『明治の東京』)

 

 与謝野鉄幹・晶子夫妻が千駄ヶ谷に住んでいたのは、明治37(1904)年11月から42(1909)年1月ですから、馬場氏が歩いたのはこの間のことで、明治40年に出た「東京四谷区全図」でその歩いた跡をたどってみます。

 地図の中に赤い線を引を引いているのが馬場氏が歩いたと思われる道筋です。左上の赤い点線の下に千駄ヶ谷駅があって、現在の駅の位置よりも信濃町駅寄りにありました。そこから御苑に沿って歩いていますが、この道は現在では御苑の中に取り込まれているようです。そして池尻橋を渡って大木戸へ抜ける道に出ますが、すぐに左折して内藤町の中の道へ入ります。しかしこの道は再び元の道に戻って大木戸に出るのですが、なぜ遠回りとも思える道筋を歩いたのかわかりません。

 

 しかし先に引用した文章の後段には、後に昔歩いた道を逆にたどったという文章があり、その経路は大番町の道から内藤町へ曲がり、池尻橋あたりでまた大番町の道に出ているのですから、どうしても内藤町の裏道を歩いたと考えざるを得ないのです。そこで後段の文章を次に引用します。

 

「僕はその路を逆に歩いてみるのであった。大番町の廣い大路を横ぎって、内藤町へ曲がり、真直ぐに行ったが、このあたりは邸が皆綺麗になったのみで、路の模様は昔のまゝのやうに思った。路は自然に左へと曲がって大番町の大通りへ出てしまったが、右手に小さい橋がある。池尻橋となって居る。(古い東京図には沼尻橋となって居る)その橋の向うは、土地が一段低く谷あひのようになって、昔の水車の面影を止めた家がある。橋を越すと、右は御苑の木立で、左は前記の家の板塀になって居る。このあたりも勿論昔の形を大體残して居る。」(同上書)

 

 馬場孤蝶氏が、昔(明治40年前後)歩いた道を逆にたどったのは、30年ほど後の昭和12年(1937)頃のことです。そこで昭和12年の地図(四谷区の地形図)を見てみます。

 この図でも馬場氏の歩いた道は、赤い線で表していて、〇のなかは水車の家と、池尻橋です。文章中の「大番町の廣い大路」とは、内藤町と大番町の間の直線の道が都市計画道路として拡幅されるとともに、線路をくぐって明治神宮外苑の西側を通っている大通り(外苑西通り)のことでしょう。また昔の地図と比べると、道路拡幅時に内藤町側が大きく削られているようです。この「大路を横ぎって、内藤町へ曲が」るのですから、内藤町の裏道へ入ったことがわかります。裏道の様子は昔と変わらず、ただ「邸が皆綺麗」になっていますが、これは外苑西通りの拡幅で、敷地を削られた家々が移転したり建て替えた屋敷が多かったのかもしれません。

 

 道は自然に曲がって大番町の大通りへ出てしまいますが、そこには「昔の水車の面影を止めた家」や「池尻橋」が残っていて、近代的な都市計画による大通りの傍らに、この頃にもまだ明治の名残が残っていたことがわかります。馬場氏の随筆は、さりげない筆致ながら、内藤町の変化を教えてくれているのかもしれません。

 

 

図版出典:『地図で見る新宿区の移り変わりー四谷編』新宿区教育委員会 1983年

引用文献:『明治の東京(覆刻版)』馬場孤蝶 丸ノ内出版 1974年 (元版1942年)

参考文献:『新渋谷の文学』渋谷区教育委員会 2005年

 

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