<消えた渋谷川と街と庭園ー8>

新宿内藤町 ⑧

 

□新宿御苑のまわりを歩く (8)

 渋谷川のかつての流れは、暗渠にはなっていてもその上が外苑西通りに沿って一段低い緑地になっていて、それが流路を教えてくれています。大京町交番は、その川跡に建っていますが、交番を過ぎるとまた緑地が現れ、それを見下ろす歩道の脇に渋谷川の遺跡の一つである御影石の低い橋の欄干が残されています。

 

 

 左の写真は、今年(2018年)に撮影したものですが、欄干の前にフェンスが立ち欄干が見えずらくなってしまいました。右は以前に散歩をした時(2008年頃)に写したもので、丈は低いのですが飾り気のない頑丈そうな欄干にツタが絡んだところなどはなかなか風情があり、存在感が感じられたものでした。

 

 欄干は、普通橋の両側に設けられるものですので、もう片方の欄干を外苑西通りの反対側に眼で追ってみますと、少し南の斜め向こうの位置にありました。傍らには大きな木が葉を茂らせています。

 広い道路に隔てられ、なおかつ丈の低い欄干が道路を挟んで正対していないで斜めに向き合っているのですから、渋谷川に興味を持っていない人には、欄干とは気が付かないのではないかと思います。しかし低い欄干のためでしょうか、歩道よりも一段低い川跡に転落しないようにしたためなのか、フェンスが建てられてしまいました。安全を優先することはわかりますが、せっかくの欄干がこのために目立たなくなってしまったのは残念な気がします。

 

 ところでこの欄干がいつ作られたのか、興味を覚えて調べてみますと、定かではありませんが、この道路が拡幅されて外苑西通りができた時と思われます。手元にある地図によれば、昭和3(1928)年に修正測図された「四谷区の地形図」では道路は昔のまゝで、この場所にも橋は見えませんが、昭和12(1937)年に修正測図された図にはすでに大京町の通りが拡幅されて、現在見るような外苑西通りができていて、橋の印も現在と同じ位置に描かれています。こうしたことから昭和10年前後に作られたのではないかと考えられます。

 

 

 

 この時点では渋谷川もまだ暗渠になる前で、外苑西通りを横断する部分だけが暗渠になっていたようですので、流れも見えていてまさに橋の欄干であったことがわかります。しかし橋らしい形ではなかったためか、あるいは橋としては考えられていなかったためか、橋の名称はつけられなかったようです。

 

図版出典:『地図で見る新宿区の移り変わりー四谷編』新宿区教育委員会 1983年

 

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