<消えた渋谷川と街と庭園ー11>

新宿内藤町 ⑪

 

□新宿御苑のまわりを歩く・多武峰神社 (11)

 渋谷川の流路をたどることはここで一度中断して、再び内藤町に戻ることにします。御苑の正門前を通り、外苑西通りから内藤町の裏道に入りますと、車の走行音も途絶えて、静かで落ち着いた住宅街になります。

 内藤町は、明治5年に内藤家がこの地に移転してからできた町ですが、その中心ともいえる場所に多武峰内藤神社があります。

 

 多武峰(とうのみね)という神社名はあまり目にしたことのない名ですが、元々は内藤家の中屋敷に祀られていた邸内社で、内藤氏の本姓藤原氏の祖、中臣鎌足を祀った奈良の多武峰神社(現談山神社)を勧請した、藤原氏の氏神だったのです。

 内藤家の氏神を、内藤町の氏神としても祀ることになったのは、住宅が立ち並び住民が増えた大正10(1921)年に、内藤家の承認を得てからのことであったようです。新しい町であった内藤町の住民にとっては、地域のコミュニティの核としても、精神的なよりどころとしても神社が求められたのでしょう。事実町内の行事や町内会の活動は、境内や境内に設けられた公園で行われ、町会の事務所も社務所内に置かれていました。(『内藤新宿昭和史』)

 境内はさほど広くはありませんが、渋谷川の流れる西側と南側は土地が低くなっていて、それよりもわずかに高い台地の端に南面している境内は、限られた内藤家の土地の中でよくぞ見出したと思えるような、地形的には神社として最適の立地といえるでしょう。

 

 アカガシ、アラカシなどの常緑樹に、ケヤキ、エノキ、イチョウ、サクラなどの落葉樹を交えた古木が立ち並ぶ境内からは、今でも家並みの向こうに御苑の森を望むことができます。

 

 木々に囲まれた入母屋造銅板葺きの拝殿は、小振りですが端正で静謐な気が漂っているようです。そして拝殿の前に置かれた狛犬は、内藤家の下り藤の家紋のついた台座に乗っていますが、江戸時代のものでしょうか、古拙の味わいをもった何ともいえない愛嬌のある顔をしていて、かわいいとさえ思わせてくれます。

 

 また拝殿の傍らには、内藤清成が徳川家康から広大な土地を拝領することになった伝説の駿馬を祀った駿馬塚と、その駿馬の木像を収めた駿馬堂があり、街歩きの人たちの立ち寄る小さな名所になっているようです。

 

参考文献:『内藤新宿昭和史』武英雄著・発行 紀伊國屋書店発売 1998年

     『新宿の散歩道ーその歴史を訪ねて』芳賀善次郎 三公社 1972年

     

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