<消えた渋谷川と街と庭園ー20>

新宿御苑 ⑤

 

□玉藻池(4)

 玉藻池の中島から南岸に渡ると、苑内を大きく周回する広めの園路に合流します。池とは樹林によって隔てられ、園路を東にたどる間も、アオキなどの茂みの間から時おり水面がのぞく以外は、池への視界が閉ざされています。 

園路はやがてもう一つの園路と合流しますが、そこには玉藻池から流れ出る水路があり、形ばかりの低い橋の縁石が、欄干のように設けられています。

 

 欄干のそばに立って池を眺めますと、とても庭園とは思われない鬱蒼とした樹林に囲まれて、天然の沼のような水景が奥に続いています。

 排水路は、園路の下をくぐるとすぐに暗渠に流れ込んでいて、その先はうかがえませんが、その位置から考えれば昔の池尻橋へ流れ出て、渋谷川に合流する流れと思われます。現在は流れもほとんどなく、底の土が湿っている程度ですので、雨が降った時ぐらいにしか流れ出すことはないのかもしれません。

 

 しかし、暗渠の前には、水を堰止める堰板をはめ込む石杭が残っていますので、かつては下流にあった池尻水車を稼働させるために、水位や水量の調整をここで行っていたのではないかと思われます。

 この辺りは、苑内では最も東のはずれを通る園路です。そのため園路脇のまばらな木々の先に、渋谷川の対岸に建つ内藤町の住宅がすぐそこに見えています。

 

 植え込みに少し入ってみますと、渓谷のように低くなった渋谷川の流路跡に沿って、御苑の境界を示すコンクリートの柵が折れ曲がりながら続いていて、住宅の木々が覆いかぶさっている姿は、思わず内藤頼博氏の書かれていた文章を思い出します。

 

 内藤氏の幼いころの記憶の中の渋谷川は「木が繁っていて一寸した幽谷であった。」というもので、もちろん大正の頃の景観とは比較にならないでしょうが、その一端でも感じられる川跡の風景は、内藤町の住宅地の激しい変化を見ますと、なんとも貴重なものだと思われるのです。

 

 

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