<消えた渋谷川と街と庭園―30>

新宿御苑 ⑮

 

□ 母と子の森

 ラクウショウの林に隣接して「母と子の森」と名づけられた場所があります。雑木林の中に池があり、小流れがあって、その流れに沿って土のまゝの小道が続く自然味のある空間です。御苑の中は様式は異なりますが、庭園として造られた場所が多いのですが、ここはどこか武蔵野の一隅の忘れられた谷戸の風景を思わせるような自然な景観になっています。

 

 「母と子の森」というだけに、親子が自然観察を楽しむ場所で、所どころにこの森に生息する昆虫や訪れる野鳥、そして草木の説明版が立っていて、子どもだけではなく大人にとっても教えられることの多い場所になっています。

 林の中にさほど大きくない池があり、水生植物が岸辺を縁取っている静かな水面には、青い空の色が映っていて、人影のない森は静寂に包まれています。秋が深まると、たくさんのどんぐりが落ちて、子どもたちのにぎやかな声が響くのかもしれません。

 

 池にかかる木の橋を渡ると、池に注ぐ小さな流れは、水量は少ないながら青々としたセキショウの根元を洗うように静かに流れています。その流れに沿って続く小道をたどると、石を組んだ流れの源と見える湧水が現れてきます。この辺りはやや庭園的な造りになっていて、水はおそらく井戸水ではないかと思われますが、水源の石組は別として全体にいかにも自然な流れになっています。

 

 この辺りは私の子供の頃には、たしか野外劇場があったように記憶していますが、いつの頃かこうした自然風の林につくりかえられたようです。

 

 ところで、ここが渋谷川の昔の流路の跡ということを考えますと、現在の東から西に向かって流れている形は、本来の西から東に流れていた渋谷川からすると逆の方向ということになります。しかしこれは、御苑の際をぎりぎりに通る道路のトンネル工事によって、地下水の水脈が絶たれるおそれがあるために、ラクウショウの保全を考慮した流れや池の新設であったように思われます。

 

 これは私の推測になりますが、ラクウショウのように湿地を好む植物は、樹木や林を守るだけでは十分とは言えず、生育していた湿地の環境をも再現しなければならないのですから、この流れや池の水は地下に浸透して、ラクウショウの生育環境を人工的につくりだしているのではないかと考えられます。そう考えますとこの森ができたのは、それほど前ではなく、御苑の中では新しいのかもしれません。

 

 しかし、苦肉の策とはいえ、こうしてつくられた落葉樹の林や池や流れのある「母と子の森」は、御苑を訪れる人たちにとって、新しい楽しみをもたらす空間となっているように思われるのです。

 

 

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