<消えた渋谷川と街と庭園―32>

新宿御苑 ⑰

 

□上の池・日本庭園 (2)

 

 園路をたどって池の南岸に廻り北岸を眺めますと、正面の小高い小丘上に四阿が建ち、左手には中島のマツと燈籠とがあって和風庭園らしさを印象付けています。背後の大木を交えた丈の高い樹林も迫力があり、新宿の高層ビルも眼に入らないため、庭園の景観としては今ではこちらからの景観の方が落ち着いていていいのかもしれません。

 

 ところで、この上の池の広い水面を見ますと、渋谷川の水源といわれる天龍寺の湧水に近いとはいえ、これだけの水面を持つ池を造ることを可能にしたのは、相当な湧水量があったからではないかと思われます。また水源となった湧水は、天龍寺以外にも存在していたのではないでしょうか。台地上の浅い谷地形ではありますが、記録に残っていない湧水が他にもあったからこそ、明治の庭園改修時にこれだけの水をためることができたようにおもわれるのです。

 さて、池の南岸からは中島にかけられた二本の橋を渡って北岸に戻る形になりますが、その際に気が付いたのは、橋の左右で全く異なる景色が造られていることです。橋の左手(西)側は水面も狭く、池の岸辺を木々の枝葉が覆い人を近づけない造りになっています。自然風といえるのかもしれませんが、この辺りも玉藻池の池周りと似ているようです。小さな中島も、数本の小松が植栽されているだけで、至極あっさりとした景観です。

 これに対して橋の右手(東)側は、対照的な景色になっています。広々とした水面と、その周りに広がる明るい芝庭があり、ウメやサクラなどの花木やツツジ、サツキの刈り込み物が点在する庭園になっています。花時には、さぞかし華やかな色彩があふれるのではないでしょうか。

 

 このように橋の左右で庭園の造りや雰囲気がガラリと変わるのは、玉藻池でも見られた手法ですが、これも池周りの景観が単調にならないようにするためなのでしょうか。それとも明治期の和洋折衷式庭園の特徴なのでしょうか。また、池の護岸に石組などは見られず、せき板や丸太止めのみで造られているのは、庭園としては花時以外の時期に見どころが少なく、単調で平板な印象になってしまうのも仕方のないことなのでしょう。

 

 

<消えた渋谷川と街と庭園―31 新宿御苑 

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