<消えた渋谷川と街と庭園ー38>

新宿御苑 ㉓

 

□池庭・日本庭園 (6)

 日本庭園の中で、最も下流に位置する旧御涼亭(台湾閣)前の池は、西側は上の池から続く水景が続き、北岸は芝庭から続く芝生と低木の刈り込みの明るい庭になっていますが、岸辺や中島には庭木として樹形を整えられたクロマツが多くなり、護岸の石組や灯篭、四阿などの存在と相まって、典型的な日本庭園らしい印象がしだいに濃くなっていきます。

 

 これに対して南岸は、岸辺こそ芝生や低木の刈り込みやモミジなどの落葉樹が見られるものの、その背後はほとんど常緑の緑濃い樹林が迫っていて、赤い屋根瓦の中華風の旧御涼亭を際立たせる背景となっています。また東側も南から続く樹林によって視界が閉ざされ、これによって日本庭園と他の庭園とは、視覚的にも空間的にも巧妙に区画され分割されていることがわかります。

 

 池を前にして北岸から庭を眺めていますと、特徴のある個性の強い建物を中心とした特異な景観も、初めに目にしたときと比べますと、さほど違和感を感じることなく調和しているように見えてきます。これは池を取り巻く圧倒的なボリュームの樹林が建物を包み込でいるように見えるために、強い印象を幾分なりとも和らげているためではないかと思われます。

 

 しかし私の印象は、御苑のそばで育った子どものころから数十年も見てきた者の、眼の慣れでもあるのかもしれませんので、なんともわかりませんが、他の人はこの庭についてどのように感じ、思うのでしょうか。新宿御苑について書かれた本のほとんどは、この庭については建物の説明だけに終始していて、庭についての印象や感想が書かれていないのは、ちょっと不思議のように思います。何か説明しがたいものがあるのかもしれません。

 それはそれとして、この庭は先にも書きましたように、昭和3年旧御涼亭の建築が行われた際に改修されたことが記録されていますが、どこをどのように改修したのかはわからないようです。しかし日本庭園の中に、突如として中華風の建物が出現したのですから、景観イメージの相違を調整する改修は、当然行われたものと思われますが、現在見る範囲では建物周辺の改修は行われたとしても、それ以外は特に中華風の建物に合わせて改修した様子はうかがえませんが、当時はその辺りはどのように解決されたのでしょうか。

 

 また旧御涼亭は、休憩所としての機能に過ぎない庭園建築物としては、かなり大きい建物のように思われます。しかし一見2階建てに見える建物もその1階部分は基礎で、休憩施設として利用されるのは2階と見える部分だけのようです。

 

 こうした構造になった理由としては、建設地の地形的条件があるようです。それは建物にアプローチするための園路は、背後の樹林の中を通っているのですが、園路の高さが、2階の位置にあるために旧御涼亭入り口は2階部分にしなくてはならないことから、基礎が高くなったということのようです。つまり旧渋谷川の南岸の斜面に建てられたために基礎部分がきわめて大きくなったものと考えられるのですが、それにしてもあえてそうした場所を選んだのはなぜか、という新しい疑問が出てきますので、結局私にとってはよくわからない庭であり続けるようです。

 

 

<<消えた渋谷川と街と庭園ー37 新宿御苑㉒

>>消えた渋谷川と街と庭園ー39 新宿御苑㉔

営業時間

平日10:00~18:00 

定休日

土・日曜日、祝祭日

お問い合わせ

E-mail:

kazushige-sunaga@soukisya.co.jp