<消えた渋谷川と街と庭園ー41>

新宿御苑 ㉖

 

□中の池・イギリス風景式庭園 (3)

 池の南岸を歩きながら、北岸の景色を眺めていきますと、所どころで視界が奥までとどき、芝生の広がりを望むことができるところがあります。このような水面と芝生とが一体となって広がるひろびろとした景観こそが、イギリス風景式庭園の特徴の一つなのだと思われますが、池の周辺では木々が大きく成長したためか、やや視界が閉ざされている印象を受けます。そうした印象は、中の池と下の池を仕切る池の東岸から中の池を眺めますと、よりはっきりとわかります。

 これは中の池の東端から西側を映した写真です。左手の南岸は、右の北岸以上に丈の高い木々に水際まで覆われています。その樹林の上に新宿の高層ビルが頭をのぞかせ水面に映る姿は、都会の中の美しい景色といえるでしょうが、木々の豊かさは良いとしても、樹林によって視線が遮られて広がりという面では本来の特徴が失われつつあるのではないかと思われます。

 

 しかし、芝生の連なりが地形のうねりをそのまま見せるイギリスの丘陵地のような景観も、この中の池の周辺でこそ見たい気もします。そんなことを思うのも、やはり昔の写真などを見たりするためかもしれません。

 この写真は、おそらく1960年代の後半頃に撮影されたものと推測されますが、中の池南岸から北岸を望んだ写真です(『写真に見る東京の庭』)。ミツバツツジが咲いていてサクラにはまだ早い春先の頃と思われますが、現在と比べると驚くほど木々が少なく、ひろびろと芝生が視線の届く限り広がる景観は、あっけらかんと明るい印象ではありますが、今見るとなかなか新鮮な感じで、なにより池の両岸が一体となったイギリス風景式庭園として造られたことを、はっきりと理解させてくれる写真といえるのではないかと思われます。

 

 しかし別の見方をすることも可能で、この写真はゴルフ場の景観に似ているということも言えるのではないでしょうか。そして戦前の皇室庭園の時代には、ゴルフを好んだ昭和天皇のために9ホールのゴルフコースが造られており、昭和天皇をはじめ皇族がプレーを楽しんだという記録が残されており、中の池の池越えのコースもあったことから、そのゴルフコースの名残と見ることもできないわけではありません。(「新宿御苑と昭和天皇」『新宿御苑』))

 

  また、戦時中に荒れたり、焼夷弾で焼けた木もあったかもしれませんので、そうした状態から戦後の国民公園新宿御苑としての復旧の途上にある姿とも見ることができます。あるいは、これらが複合している可能性もあると思われますが、いずれにしても御苑の歴史の一端を見せてくれる、貴重な写真といえるでしょう。

 

 こうした昔の写真を見て、今よりも昔の方がいいというつもりもありませんが、歴史のひとコマであるそれぞれの時代の庭園の景観は、一定の型を維持していく整形式庭園と比較しますと、自然風景式庭園の場合には変化をとどめることがきわめて難しいことがわかります。個々の樹木の生長、あるいは枯損。それに伴う補植や伐採等の緑量の増減。人気のあるサクラなど花木の増加、全体景観の変化等々常に変化していくものなのかもしれませんが、歴史のある庭園であればなおのこと、維持管理は難しいものと思われます。

 

 そうであれば、変化していく庭園の姿を楽しむことが、こうした庭園との時間をかけた楽しみ方とい

えるのかもしれません。

 

 しかしそんなわかったようなことをことをいいながら、私はこの写真の時代にしょっちゅうこの庭を訪れていたことを思い出しました。いや、訪れるというよりも、入場料を払わずにもぐりこんでいた近所の悪ガキの一人だったのです。

 

 その頃は庭の景観どころか花にすら興味はなく、ただ池のザリガニを釣ることだけに頭がいっぱいでしたし、この南岸にある御苑の名木の一つキササゲの長大な下枝に乗って揺らして遊ぶことに夢中で、この写真の景色はほとんど記憶にないのです。(いかにボーッと育ってきたかがわかります)。それでもこの景色をどこか懐かしいと思うのですから、やはり私にとっての御苑の原風景の一つなのかもしれません。

 

図版出典:『写真に見る東京の庭』西田富三郎 金園社 1971年

参考文献:『新宿御苑』上野攻 文芸社 2019年

 

 

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