<消えた渋谷川と街と庭園ー42>

新宿御苑 ㉗

 

□下の池・イギリス風景式庭園(1)

 旧渋谷川の流れに沿うように作られた御苑の池も、いよいよ最も下流の下の池になります。その下の池と上流の中の池とをつなぐ水路をまず見ておきたいと思います。中の池の水は、一定の水位を超えると、両方の池を仕切っている土手の園路の下をくぐって下の池に流れ落ちるように水路が設けられています。

 しかし水路とは言っても普段はいつも水が流れていない状態で、底のコンクリートもあらわな枯れ流れとなっています。これは両方の池の水位の落差が大きいために、オーバーフローする水が少ない時に必然的に起こってしまう状態で、それでも水路の護岸は、黒朴石や根府川石でそれなりに造りこまれていて、単なる水路というよりも、自然風の流れを表しているように思えます。

 

 この流れは、園路から見下ろすことができますので、水の流れていないことが多いために見ばえを考慮しているのかもしれませんが、それよりもこの流れがつくられた当時は、水源の湧水も豊かに湧き出ていて、中の池からのオーバフローも多く、常に水が流れていたのではないかと思われます。そうでなければ、あえてここまでの流れの演出をする必要がないのですから・・・。

 

 

 さて下の池ですが、これまで見てきました上の池や旧御涼亭のある日本庭園、そして中の池と比べますと、水面が狭いためか、一段と水面が低いためか、また池の縁まで樹林が迫り水面におおいかぶさっているせいか、あるいはそのすべてなのかもしれませんが、やや陰気な印象が拭えません。ことに同じイギリス風景式庭園である中の池とは、水面の大と小、視線の開放的であることとと閉鎖的なこと、そして全体の印象の明と暗というようにことごとく対照的な感じがします。

 

 下の池は、こうしたどちらかといえばマイナスのイメージを持っていて、そのためか池の周りに人が集まることも少ないようですが、多様な景観をもつ総合庭園としては、そうした二つの対照的な景観をもつことは必要であったのではないかと思われます。

 

 それは人の心のうごきというか、はたらきに伴うもので、一つは気持ちが外に向かっている時には、明るく開放的な景観を好み、スポーツなどのように身体を動かすことをしたいときに求める空間で、もう一つは気持ちが内に向かって考え事などをする時は、やや閉ざされた明るさを抑えた景観を好み、静かに散策などをする空間を求めるものではないでしょうか。人はその両面をもっていて、時に応じてそのいずれかが表面に現れるものと考えられます。

 

 こうしたことは私の勝手な深読みの解釈かもしれませんが、イギリス風景式庭園のなかに、池を中心に二つの対照的な景観イメージをもつ空間を意図的に設けたとするならば、人と庭園の視覚的・心理的な関係にまで配慮したアンリ・マルチネーと福羽逸人がつくりあげた庭園計画の奥深さを改めて感じるのです。

 

 

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