<消えた渋谷川と街と庭園ー43>

新宿御苑 ㉘

 

□下の池・イギリス風景式庭園(2)

 

 下の池をめぐる園路を、南岸から東岸にたどっていきますと、園路の両端に擬木でつくられた低い橋の欄干があらわれました。しかし橋とはいえ園路の幅員も広いままですし、橋の部分の舗装が変わっているわけでもなく、この欄干がなければまず橋とは気がつかないでしょう。こうした園路の造りは、苑内のもっとも外側を周回する園路が、馬車の通行を想定していたためではないかと思われます。 

 

 橋に近づくと、すぐ下で池の水面が堰き止められています。どうやらここは堰からあふれた池水が流れ出る池尻であり、旧渋谷川の苑内最下流のようです。堰は御苑の定番ともいえる黒朴石と根府川石で築かれていて、そこからあふれた水は流れとなって橋(園路)の下をくぐり、やがて樹林の中をわずかに流れた後、境界の塀のところで地下の暗渠に流れ落ち苑外に流れ出ています。

 

 ところでこの橋の欄干のことですが、日本で初めて設置された「擬木」でつくられた欄干ということで、大変貴重なものといわれています。橋のそばに立つ説明版に明治38年(1905)に擬木の欄干をフランスから購入し、それを組み立てるために3人のフランス人がついてきて現場で組み立てた。と記されています。

 

 この明治38年という年は、明治35年から始まって39年の竣工に至る御苑の大改修工事の最中であり、これから仕上げにかかろうかという時期に当たっています。

 

 擬木とは、セメントや現在ではプラスチックを材料にして樹木の木肌や枝、切り口などまでリアルに再現したもので、公園や観光地などで広く使われている造園資材です(御苑でも既成の量産品が使われていますが)その初めての擬木が、この欄干なのです。

 

 この擬木については、2007年に書いた文章がありますのでそれを引用します。「欄干は長さ3mほど、高さ60㎝内外の小さなもので、モルタル擬木と思われるが、細流の護岸から橋の側面にかけて組まれたクロボクの上に乗せられている。欄干の太い親柱からは、根とも枝とも見えるものが橋を縁取るように伸び、さらに親柱からの枝が絡まるような形をなして欄干を構成している。親柱の枯れた根株の表現も枝の裂け折れた状態もきわめて写実的で、造形としてもすぐれた表現と言えるだろう。」

 

 子どものころからそばを通っていても気が付かなかったのですが、説明版が立ち、初めて意識して見たのが2007年だったのだと思います。しばらくぶりに見た2020年の今、傷んだ部分はモルタルで補修してありますが、改めて見直してみても擬木としての表現のすばらしさを感じます。

 

 この後日本の擬木について少し調べてみましたが、やはりフランスは技術的に進んでいたようで、フランスの技術を学んで発達し、昭和初期には松村重(じゅう)という、擬木・擬岩づくりの名人とよばれた人が出ています。ちなみに松村氏のきわめて写実的な擬木・擬岩作品は、東京広尾にある有栖川宮記念公園に現存しています。

 

 さて、御苑の擬木の欄干ですが、これは基本計画を作成したフランスのデザイナーであるマルチネーが、あえてイギリス風景式庭園の設計に取り入れたのではないかと思われます。しかしわざわざフランスから輸入して、3人も職人が来て組み立てたという、庭園資材としても唯一の輸入品であり、目玉ともなるはずのものが、なぜイギリス風景式庭園で最も人が通行する中央部ではなく、庭園のはずれともいえる池尻の細流にかかる橋に設置されたのでしょうか、そのことが私にはなんとも不思議に思われるのです。

 

 

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